慶應義塾大学グローバルCOEプログラム客員教授、同サイバー文明研究センター共同センター長を務めた。慶應義塾大学特別招聘教授、慶應義塾大学名誉教授、カーネギーメロン大学コンピューターサイエンス学部コンピューターサイエンス・公共政策特別名誉教授を歴任し、同学ハインツ・スクールおよびEPPの名誉教授にも再任された。また、インターネット研究の非常勤教授、デラウェア大学特別政策フェローを務めた。
2003年に定年退職したペンシルベニア大学では、工学部およびウォートン・スクールにおけるアルフレッド・フィトラー・ムーア名誉教授(電気通信学)を務めた。
ベル研究所、ランド・コーポレーション、ゼロックス・データ・システムズ、カリフォルニア大学アーバイン校、デラウェア大学などでも職歴を持った。
2000年から2001年まで連邦通信委員会のチーフ・テクノロジストを務めた。機械計算協会、米国科学振興協会、電気電子学会のフェローであった。電子フロンティア財団、EPIC(電子プライバシー情報センター)、ISC(インターネット・システム・コンソーシアム)、BITAG、スティーブンス工科大学の評議員を務めた。
インターネット・ソサエティでは、執行委員会の委員を2年、財務委員会の委員を2年務め、CEOサーチ委員会の共同議長を務めた。
連邦通信委員会に任命される以前は、クリントン/ゴア政権下で米国大統領情報技術諮問委員会の委員を務めた。
その生涯を通じた通信技術発展への貢献を称えるシグコム賞、人類への貢献を称えるフィラデルフィア・ジョン・スコット賞を受賞したほか、スティーブンス大学から名誉博士号を授与され、「インターネットの殿堂(パイオニア部門)」入りも果たした。2014年にはスティーブンス工科大学名誉賞を受賞した。
キャリアを通じて、コンサルタントやシニアアドバイザーとして産業界に関わった。NTTドコモ・アドバイザリーボード、インテル・コーポレーション・セキュリティ・ボードなどを歴任し、インテル社の先進的なセキュアコンピューターの開発に長期にわたり貢献した。また、HP、IBM、Nortel、日本政府など多くの企業・機関の顧問を務めた。
スタートアップ分野においても、ソフトウェア企業の草分け的存在であるCFG社を立ち上げるなどの功績を残した。
ファーバー教授は2026年2月に逝去された。コンピューターネットワークの基盤構築における多大な貢献、日本の技術コミュニティへの数十年にわたる献身、そして安全でオープンなサイバー空間の実現を目指したその理念は、深く永続する遺産として受け継がれていく。