主催: 一般社団法人サイバー空間総合研究所
基調講演者: ジェレミー・ファーチゴット(BARON ディレクター)
モデレーター: ミラー・ジェームス(JICSS ディレクター)
開催日: 2025年3月3日
会場: 青山スパイラルルーム(東京)
1. 概要
本セミナーは、チャタムハウス・ルールのもとで開催されました。アメリカにおける安全保障、経済戦略、同盟関係に関する主要な政策の再編、そしてそれを支える国内構造の変化について議論が行われました。
冒頭では、次の2つの重要な前提が示されました。
1)世間の印象とは異なり、アメリカ政府や制度は依然として機能的に整合性を保ち、合理的なプロセスに基づいて運営されています。
2)ワシントンD.C.では、大規模な政治的変革が進行しており、特に右派を中心に、第二次世界大戦以降の基本的な政策ドクトリンが根本から再評価されています。
2. アメリカ政治のパラダイムシフト
戦後ドクトリンの再考
第二次世界大戦の終結以降、アメリカは政治および経済思想において、国際的な関与を中心に据えており、戦略的同盟、貿易自由化、保護主義の排除、民主主義の確立がその柱となっていました。しかし最近のアメリカでは、従来のこうした外向きの姿勢が、国内における生活水準の低下、平均寿命の短縮、家族構造の崩壊、個人資産の減少といった、アメリカ社会停滞を招いたという議論が高まっています。
国外の事象に対するコミットメント姿勢
このような背景のもとで、アメリカはグローバルな責任の見直しに着手し、同盟国に対してより高い自立性と責任を求めるようになっています。たとえば、ウクライナ戦争に対しては、解決への方向転換と、アジアへの戦略的関心の再配置が見られます。現在、トランプ前大統領はヨーロッパへの対応に注力していますが、アジアへの関心シフトを視野に入れて準備を進めているとも言われており、その時期は明らかではありません。
3. 同盟国への影響
日本への期待
アメリカ当局によりますと、今後数カ月以内にも、日本に対して、防衛能力やサプライチェーンの強靱化に関する重要な政策的要請がなされる可能性があるとのことです。アメリカでは、防衛予算の規模が国家の意思を示すものとして重視されており、日本の近年の増額は好意的に受け止められています。一方で、台湾の防衛支出が比較的控えめであることに対しては、懐疑的な見方が示されています。
さらに、攻撃能力に関する憲法改正、あるいは極端なケースでは核政策に関する議論さえも、日本の自立性と責任共有の表れとして、同盟国から歓迎される可能性があります。
日本の地域的役割
アメリカが、より自立的な防衛体制の確立を同盟国に求めるなか、アジア諸国は日本に対して、地域の安全保障体制におけるリーダーシップを期待する傾向が強まると見られます。特に、重要インフラの保護を含むサイバーセキュリティ体制の強化は、喫緊の安全保障課題への対応として極めて重要とされています。
4. アメリカから見た日本
日本の高度な技術と高品質な工業製品は、アメリカの政策担当者やビジネスリーダーから高く評価されています。特に、金融や資本市場におけるビジネス機会には大きな注目が集まっています。アメリカでは1980年代以降に薄れてしまった「品質第一」の理念が、日本では現在でも産業文化の中核として維持されており、それが国際的な競争力の源泉となっています。
このような背景から、アメリカでは、日本を中国に代わる信頼できるパートナーとして位置づけ、グローバルなサプライチェーンを見直す動きが高まりつつあります。ただし、日鉄とUSスチールのM&A案件に見られるように、経済合理性よりも文化的・象徴的な要因が優先される場面もあり、政治的摩擦は依然として存在しています。
5. アメリカ国内の課題
専門家よりインフルエンサーへの傾斜
2024年の大統領選挙では、経済学者や貿易専門家よりも、インフルエンサーの方が大きな影響力を持っていたことが明らかになりました。チャーリー・カーク、ジャック・ポソビック、ラヒーム・カッサムら25名の著名人は、伝統的な専門家を上回る世論形成力を発揮しました。これは、ポピュリズム的なコミュニケーションが社会的に台頭している現象を示していると考えられます。
教育と文化に関する懸念
最近、イーロン・マスク氏に近い人物がX(旧Twitter)で、アメリカ人は勤勉さや高品質な労働への理解に欠けていると投稿し、議論を呼びました。マレーシア、フランス、日本の学生との比較を通じて、アメリカの国際競争力への懸念がさらに浮き彫りとなりました。これに対して、教育制度やキャリア形成の構造改革を求める声が強まっています。また、日本の精密性を重視する文化と、アメリカのスピードを重視する文化との対比も、今後の方向性をめぐる議論の焦点となっています。
6. グローバル産業構造の変化
国籍の曖昧化
企業の国籍区別は、ますます不明瞭になっています。たとえば、ボルボの事例では、中国資本による買収後も「外国企業」としてのアイデンティティが維持されており、支配構造の判断を難しくしています。このような状況は、中国依存を回避しながら、強靱なサプライチェーンを構築しようとする日本を含む同盟国にとって大きな障害となっています。
「技術の民主化」
イギリスなどでは、テクノロジーのコストが低下し、消費者への提供価値が向上する「技術の民主化」が進んでおり、これが経済成長の推進力となっています。この傾向は「リスクの先にこそ機会がある」という普遍的な原則を示しており、日本およびその同盟国にとっても重要な教訓といえるでしょう。
7. 質疑応答のハイライト
台湾政策
アメリカは引き続き台湾への主要な武器供給国ですが、ウクライナやイスラエルへの対応により資源が限られており、今後の対台湾輸出は縮小する可能性があります。ただし、イスラエル支援を正当化する論理は、将来の米台関係にも応用される可能性があります。
インドの立場
インドはQUAD(日米豪印)のメンバーとして、日米の協力枠組みの一部をなしていますが、動機の一貫性には乏しいとされます。また、ロシアとアメリカの双方と良好な関係を持っていることから、その将来的な動向は予測しにくいと見られています。
8. 閉会
本セッションは、モデレーターによる締めくくりの言葉をもって正式に終了しました。会議終了後も、参加者たちは引き続き非公式のネットワーキング・レセプションにおいて活発な意見交換を行いました。
本件に関するお問合せは、JICSS事務局までお願いいたします。

